こんな錯綜した現場に与謝野女医が運んだのも実を云や例外中の例外で。
本来なら彼女自身の事由があって
ポートマフィアには関わり合いは持ちたくないはずの女医殿なのだが、
事態は急を要するとあってのこの運び。
向こうが自分たちの獲物だとの抵抗を見せるかもしれないが、
こちらの扱っていた案件への重要参考人なのだから、
文句があるというなら白昼の役所へ、それなりの引き渡し嘆願書でも出すといい。
敦がいなけりゃ事態はこうと転ばなかったし、
彼らの索敵にも引っ掛からなかったかもしれないのだ、
せいぜい恩に着せて連れ帰るといいよと、何でもお見通しの名探偵がにんまりと笑って助言をくれており。
「…ってことは、敦が攫われることとか、
そんな風に持ってった黒幕を炙り出し、
敦が再起不能ラインまでぶっ飛ばすこととかまでお見通しだったのか?」
しかも、現場に近寄りもせず、
それどころか自分たちの行動をも浚ったその上で、
太宰や与謝野を先んじて配置出来たほどの先読みの凄まじさだったのへ、
苦手な薬でも飲んだような苦々しい貌になり、うへぇと口許をひん曲げた中也だったのへ、
「らしいです。」
そちらはさすがに多少の慣れもあるものか、
本人に成り代わり申し訳ありませんという心境なのだろう敦が眉尻をさげての苦笑を返す。
すったもんだだった現場は、幹部たちが何とか混乱を収拾し、
結構な異能者の身柄を渡してしまった点では
探偵社というか政府側へ半分ほど花を持たせた格好になったものの、
その他の物品はあずかり知らないから好きにすればと
『太宰さん、言い方。』
『だって、此処にあるものって
大半は密輸品とか日之本での売買は禁じられてる物品ばかりだしねぇ。』
捜査中に拾いましたって、その筋に持ってったっていいんだよ?
そうしたらその筋のGメンの皆様から感謝されるかも。
そうだ、敦くん、今からでも遅くないからそうしようか?
……などと白々しい言いようをし、
素敵帽子の幹部様を沸点までたぎらせるという要らんことをした長身のイケメン調査員様には、
これ以上その場での紛糾は不味かろうと察した鏡花ちゃんが、
トンと背中を衝いてバランスを崩した黒衣の禍狗さんを受け止めさせて、
『…なっ。』
『一見判らないけど、あなたも激務だったのか疲れている。』
不意打ちに引っ掛かったことでか、それとも、
実は憎からず想う存在の懐へ
就業中だというに倒れ込んでしまった思わぬにもほどがあるアクシデントへか。
驚愕に襲われ口が回らぬ芥川だったのをいいことに さらりと言ってのけ、
受け止めたのっぽの上司へ任せたファインプレイもあってのこと、
恒例の聞き苦しい口げんかも早急に終了とされ、
それぞれがそれぞれの勤めを収拾し、撤収したのが十数分後。
廃倉庫群一帯は、元通りの静謐で寂れた空気に包まれ、
そこで結構な人出による大騒ぎがあったなぞ、潮風しか知らなかろう様相に戻っていたそうで。
やれば出来る子です、皆さん。(笑)
そんな騒ぎも今や過去。
報告書や何やというお片付けも済んで、
久々の非番を取り付け、さあと自室へ招いた愛しい虎の子。
相変わらずに薄い肩をすぼめて恐縮しきりの少年なのを、
いやなに、敦を困らせるつもりはないんだしと、
ふうと小さく吐息をついてから、
おもむろに、それは判りやすくもおいでおいでと手招きするところが、
相手への馴染みもかくやという証。
これが任務か何かでそれなりのクラブやバーにいて、
取り引きなり潜入なりに必要な取っ掛かりとして女性を誑し込もうなんて企みあっての彼ならば。
小粋な会話と笑みを向け、思わせぶりな視線を投げるなりして、
ほのめかしの技巧もふんだんに操っての、
歴戦の美女でも美魔女でも陥落させる経歴は山と積んでおいでだが。
この和子にはそんな胡散臭い手管なんて要らない。
ズボラから言うのじゃあなく、そんな虚飾も駆け引きも彼の素直さには邪魔にしかならぬ。
「……。///////////」
おいでおいでにちょっとは子供扱いされたという羞恥が沸きもするのだろうが、
見ているものなぞ誰もいないというに真っ赤になると
“もうもうもう”とちょっぴり拗ねつつも小走りに駆け寄って来て
懐へ真っ直ぐに飛び込んで来てくれる。
「なあ敦、
攫われかけてたお嬢さんに
いい子だなぁと感じ入ってのあれこれだったってのは判るけどな。」
「あ、はい。」
随分と省略した言いようにも、
あの状況に陥ったその取っ掛かりのことと通じる虎の子ちゃん。
叱られますか?いけない子ですか?と、お耳と尻尾がヘタレそうになる手前で、
「そういう義を通したがるのは俺も同類なところがあっから偉そうには言えねぇが、」
「ううう。」
お気に入りのソファーの上、ちょっとばかりもつれ込むように倒れ込んだそのまま、
懐へと掻い込んだ可愛い恋人さんへ、やや低い目の声でそうと言い、
「こぉんな可愛い子ちゃんなんだ、
もちッと自分の身を守ることへも警戒心強めてくれねぇとな。」
「え?へ?はい?」
あっさり攫われるとは不甲斐ないとか、腕っぷしを鍛えろとか言われるかと思いきや、
何だか方向が違い過ぎ、
呆気にとられ、何だ何だと宝石のような澄んだ瞳孔を目いっぱい見開いた虎の子くん。
秋の薄紫の空に似たその色合いに、ふふと小さく、満足そうに笑った幹部様だったそうでした。
〜 Fine 〜 21.09.13.
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*後日談というか、後始末編というかでした。
畳みかけにもほどがあったので、与謝野せんせえにも出動願いましたが、
本来だったら乱歩さんもいい顔しない現場なんだろうね、マフィアがらみなんだから。
今回は完全に恩を売る恰好の場だと、太宰さんが言いくるめてくれようということで。

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